電子物性工学U 佐藤勝昭教官 1998.12.18
E-mail: satokats@cc.tuat.ac.jp, Home page: http://www.tuat.ac.jp/~katsuaki/; 教科書:佐藤勝昭編著「応用物性」(オーム社)
第10回(12.11)の学習内容
磁気記録(教科書P.232)と光磁気記録(教科書P.242)
磁気記録:媒体にはγFe2O3, CrO2, CoP, CoCrTaなどの半硬質磁性体を、ヘッドにはFeNiなど軟質磁性体を用いる。
記録:ヘッドのギャップから出る磁界により、媒体を磁化する。時間変化→記録波長→磁区の長さ
再生:磁気ヘッド:記録媒体からの漏洩磁束をヘッドの軟質磁性体に導き、何らかの方法で電気信号に変換する。磁気ヘッドには、電磁誘導ヘッド(inductive head)と磁気抵抗ヘッド(MR=magnetoresistance head)とがある。
電磁誘導ヘッド:磁性体に生じた磁束密度の変化を周りに巻いたコイルに誘導された電界として取り出す。
磁気抵抗ヘッド:磁性体の磁化に応じた電気抵抗率の変化をブリッジなどによって電位差として取り出す。
光磁気記録:媒体にはTbFeCoなど希土類と鉄族のアモルファス合金を用いる。ヘッドはレーザ光とレンズからなる。
記録:レーザを集光して媒体のキュリー温度以上に加熱し磁化を失わせ、冷却時に記録用コイルの磁界により磁気記録。
再生:磁気光学効果により磁化の大きさに応じて偏光の回転が起きることを利用する。
エピソード:ハードディスクの磁気ヘッドのクリアランス(浮上量)は0.05μm。ヘッドクラッシュに注意。
第10回の問題
光磁気ディスクの記録と再生の原理を述べよ。→解答:上の学習内容参照。
第10回の質問・印象・要望
授業のスピード
- AMR,GMRなどの話が早すぎてわからなかった。(榧森)→A. AMRは磁化の方位と電流の方位の相対関係で電気抵抗が変わる現象であり、GMRは、多層膜における磁化の整列の仕方で電気抵抗が変わる現象です。教科書にも書いてない最新の話なので、2年生にわからなくて当然です。世の中は、新しい物理現象を吸収して技術開発がどんどん進んでいるのだということを、こころのどこかに残しておいてくれれば、それで十分です。
- 授業のスピードについて行けない。ノートを書くだけで終わってしまう。(松田)? A. 教科書を指定しているので、必ずしも克明にノートを取る必要がありません。先生の話に集中して、ポイントのみを押さえてノートして下さい。
- 光磁気記録の部分、話が早すぎて分からない。光を当てて磁気記録出来るところが分からなかった(尾崎)? A. 説明不足というより話の組立方がまずかったですね。例えばキュリー温度などをもっと説明しておくべきでした。
光磁気記録
- 光磁気記録では、レーザを光の波長程度のスポットに集光して記録するから高密度に記録できるのか(林)? A. その通りです。記録だけで言えば、レーザのスポットの中でキュリー温度を越えた部分のみが記録されるので、光のスポットより小さなマークを記録できます。
- MDは本当に何百回も録再して性能が落ちないか(浜田)→A.MDは磁気記録ですから、相変化記録と違い、物質の変化を伴う訳ではありません。従って録再に伴う劣化はありません。ただし、媒体はTbFeCoという大変錆びやすい合金薄膜を保護膜に挟んで使っていますから、高温多湿な悪条件で長期に保存すると膜が酸化したりするおそれはあります。
- MDの2倍速MDでも標準や3倍速の区別はできるか(渡邉)? A. MDの最内周に情報を書き込んでおけばよいのです。
- TbFeCo系非晶質とはどんなものか。(モーザイズ)? A. 非晶質とは結晶のように原子が規則的並んでいない状態をいいます。このため、多結晶薄膜のように粒界がなく、散乱光があまり大きくありませんからS/N比が高くなります。磁気的には希土類(Tb)と鉄族(Fe, Co)とが反強磁性的に結合していて、フェリ磁性になっています。キュリー温度は250℃程度、補償温度は室温付近です。
- スパッタリングについて詳しく知りたい(チュア)→A. スパッタというのは、ターゲットと呼ばれる位置に原料を置き、アルゴンなどのイオン種を電離して高電圧で加速してぶつけますと、原料が飛び出して向かい合う基板の上に薄膜として堆積します。スパッタ法はシリコンプロセスでも酸化物の堆積、金属の体積などに欠かせない技術です。
- MO, MDについて詳しく知りたい(遠藤)? A. 技術の詳細にわたってお教えする時間がありませんし、沢山の基礎知識が必要なので、(2年次生向けに開講している)電子物性工学では程度が高すぎます。自分で専門書を読んで勉強して下さい。分からないところがあれば、教官室に聞きに来て下さい。自分で調べて、よいレポートにして提出してくれれば、試験をうけなくても合格にしますよ。
HDDと磁気ヘッド
- GMR膜の磁界と抵抗率との曲線をもう一度ゆっくりとしてほしい。(チュア)? わかりました。18日に説明します
- 磁気ヘッドで媒体をこする方法ではどれくらいが再生の限界か(金子)? A. ヘッドでこするといっても直接磁性体をこするのではなく数ナノメートルの保護膜(例えばダイアモンド状炭素膜)の上からこするので、やはり限界があると思いますが、もはやヘッド浮上の問題より、如何に小さなビットが安定に記録できるかの方が重要な問題です。
- ハードディスクの接触ヘッドの場合の劣化による寿命は(山中)、摩擦による劣化の心配はないのか(大角)? A. 摩擦による摩耗が問題なので、なるべく摩擦による損傷を減らすために、媒体表面を硬度の高いDLC(ダイアモンド状炭素)で覆ったり、潤滑性のある有機物を塗布したり、トライボロジー的な研究が行われています。媒体の寿命は現行の浮上ヘッドと同程度にできるそうです。しかし、今度はヘッドの摩耗が問題になります。今後の課題でしょう。
- ヘッドで軟質を用いるとなぜ保磁力が大きくなるのかよく分からなかった(中山)? A.軟質磁性体と半硬質磁性体の組み合わせのGMR素子のところで出てきた話でしょうか。きっとキミの聞き間違いです。
- なぜMR素子には単体を用いず合金や化合物を用いるのか(中山)? A. 単体でできればそれに越したことは無いのですが、軟磁性のものが得られなかったり、さびやすかったり、もろかったり、いろんな欠点があるので、特性を最適化するために材料開発が行われ、合金、化合物、人工格子、多層膜などが使い分けられているのです。
- ヘッドクラッシュが起きやすいHDDとそうでないものはどこが違うのか(藤本)? A. 強いHDDでは多少のクラッシュが起きてもヘッドや媒体が丈夫なので情報が失われないのです。
- 垂直磁気記録という言葉が出てきたが、垂直・水平とは何のことか(廣原)? A. 現行の普通の磁気記録では、磁化が媒体の表面に平行な面内にあるので、面内磁気記録と言います。超高密度に記録しますと、ある方向の磁化の領域が逆向き磁化からの反磁界によって減磁し、記録が不安定になります。これに対して媒体面に垂直な磁化を持つ場合は逆向きの磁化はむしろ強めあうように働くので、高密度でも安定に記録されます。
ニューメディア
- レコード(針)からCD, MD(光)に変わったが、この先新たな媒体は生まれるか(広瀬)? A. 同じ光でも近接場光を利用するもの、ホログラフィのように媒体を動かさないで波長や角度などで多重化して記録するものなどが考えられています。ひょっとするとSTMメモリもできるかも知れない。
- DVDは片面に二重に記録できるそうだがどうやってそれが可能か(伊藤)? A. きわめて簡単。記録層を2層にしておき、焦点の合わせ方を制御すれば、どちらに熱を集中させるかの制御が出来るのです。
磁性基礎
- 応用物性p194「SとLはスピン軌道相互作用を通じて平行、反平行になり」とあるが、合成軌道角運動量Lと合成スピンの方向が平行または反平行と言うことか(渡邊)? A.そのとおりです。
- p.195「軌道角運動量は凍結される」とあるが、凍結とはどういう状態を指すのか(渡邊)? A. 軌道角運動量Lは、もともと孤立した原子において中心力の場をうけた電子の軌道を表すのによい量子数です。しかし、固体の中では、隣り合う別の原子から来た電子の軌道が重なってきますから、固体中の電子軌道はLを使って表すことができないのです。これを「凍結」とよんでいます。
- 交換磁界とは何と何を交換するのか(渡邊)? A. 原子の磁気モーメント同士をそろえ合う力を「交換相互作用」といいます。これを1つの磁気モーメントに対し周りのすべての磁気モーメントから来た磁界であると考えてその磁界の方向にそろえ合うというふうに見ることもできます。このように見たときの磁界を交換磁界とよぶのです。交換相互作用の交換(exchange)は電子と電子の交換のことです。
その他
- ステルス機がレーダに映らない原理は(大角)? A. レーダはアンテナからマイクロ波の電波を発射して、飛行機に当たって反射してきた電波を検出して距離を判定します。ステルス機はその表面が磁性体で覆われています。磁性体に入ったマイクロ波は強磁性共鳴を起こして磁性体に吸収されてしまい、反射が帰ってこないので機影が映らないのです。
- 電界に対する磁界のように、重力場にも垂直に何らかの場が存在するのか(深澤)? A. 私は知りません。多分ないと思いますが、興味があれば自分で「場の理論」を読んで勉強してみてはいかがですか。熱放射も温度によって励起された電子がもとの軌道に戻るときに光を放射すると見ることが出来るのではないか(渡邊)? A. 黒体の熱放射は物体の熱エネルギーが電磁波として放出される現象なので電子系を考えているわけではありません。プランクは量子化された調和振動子を多数考え、その振動の熱分布を考えました。ここでは励起や緩和という概念は必要ないのです。